事例1 親の苦労を見てきた上で承継し新たな領域にビジネスを広げる
大谷(新潟県新潟市)
印章・ゴム印などの製造・販売を行う大谷は、ショッピングモールを中心に全国に127店舗を展開し、規模・売り上げともに業界トップとなっている。創業者で現会長の大谷勝彦さんは一代で会社をここまで大きくしたが、後継者では苦労した。最終的には3人娘の次女・尚子さんが手を上げて後を継ぎ、父親や従業員とぶつかり合いながらも社内の信頼を獲得して、業績を伸ばしていった。
中小企業には、身内でないと分からないことも多くある
新潟市に本社を置く大谷は、1951(昭和26)年に大谷勝彦会長の母親が市内の長屋ではんこ屋を創業したのが始まり。大谷会長は中学を卒業後、はんこ職人に弟子入りして技術を学び、3・5坪の店舗を借りて大谷印房を創業した。そして、個人経営が一般的だったはんこ屋の多店舗化を進め、全国各地で増えていたショッピングセンターに次々と店舗を開店。多いときで全国に約140軒の直営店を持つまでに成長し、業界トップの企業となっていった。
だがその一方で、後継者には苦労していた。その当時のことを、大谷会長の次女で、現在は同社の社長を務める大谷尚子さんは今もよく覚えている。
「父が後継ぎのことを考え始めたのは、今から二十数年前のことです。社内には父に代わる後継者が見つからず、私たち3人の娘は両親の苦労を見てきたので、誰も後を継ぐつもりはありませんでした。姉からは『早く嫁に行った者勝ちだよ』と言われていて(笑)、私は早々に新潟県を脱出して東京のデザイン会社で働いていました」
そこで勝彦さん(当時は社長)は98年、インターネットで社長を公募し、大企業の支店長経験者を次期社長候補として会社に迎え入れた。しかし、その人も3年で退職してしまった。「そこに、うちのような中小企業を外部の人が受け継ぐ難しさのポイントがあると思います。大手企業のように会社が組織立って動いているわけではなく、社長が指示を出せば現場がすぐに動きだす組織ではありません。社長候補として入った方も、いろいろなジレンマがあったと思います。やっぱり身内のことは身内でないと分からないことがあるんです」と大谷さんは言う。
父親と意見が合わず衝突を繰り返す
それから10年以上の月日がたった2010年、再び社長の後継者探しが始まり、そこで名乗りを上げたのが、東京で働いていた尚子さんだった。「もし継ぐ人がいなければ、会社を売ってしまうか、会社をやめてしまうかしかありませんでした。もし自分が起業したとしても、ここまで会社を大きくできないだろうと考えると、この会社を終わらせてしまうのは非常にもったいない。大きな時代の変化が起きている中、パソコンも携帯電話も持っていない父に代わって、何か私にできることがあるのではないか、この会社で何か面白いことができるのではないかと思ったんです。私が会社を継ぐことに意味があるとすれば、それは親の苦労を見てきた上で、それでも継ごうと決めたことだと思います。だから、どんな苦労があっても我慢ができるし、何でもすることができますから」
尚子さんは、入社したら現場に入って従業員たちと同じ経験を積んで、現場を理解してから役職を与えてもらえばいいと考えていた。しかし、社長である父親が尚子さんに与えた役職は「社長室長」で、経営の勉強をさせるために勉強会や経営者の会合に参加させようとした。尚子さんはそんな父親の言うことを聞かず、現場に足を運び続けたため、「お前は経営の勉強だけしていればいい!」と言う父親としょっちゅう衝突していた。
「実は現場でも、従業員たちともめました。工場で仕事をやらせてもらっていると、気になるところや疑問が出てきて、ここはこうしたら? と指摘する。すると、向こうは私が次期社長だと知っていますから、自分の仕事を探りにきたとか、仕事にケチをつけにきたと思われてしまったんです」
改善の成果を出すことで従業員の信頼を得ていく
周りとぶつかり合いながらも、尚子さんはめげたりしなかった。改善が必要だと思ったところは「ちょっと実験してみましょう」と従業員に提案して、少しずつ工場の改善を進めていった。「すると成果が出てきて、現場が働きやすくなっていきました。最初はもめましたが、だんだんと私の話を聞いてくれるようになりました」と尚子さんは顔をほころばせる。
工場での研修を終えると、今度は店舗回りを始め、在庫量や販売方法などの改善を進めていこうとした。しかし、ここでも店の従業員から反発を受けることになった。
「そこで、まずは本社に近い店舗で実験をしました。POPの展示や商品の陳列方法、季節商品の打ち出しなどを試してみて、成果が出た方法を全国の店舗で実施したんです。すると、入社して2年目の春のセールでは113%の売上増となりました。成果が出たことで、店の従業員も話を聞いてくれるようになりました」
会社の業績が順調だったこともあり、入社して5年で会社を引き継ぐ予定だったところを、尚子さんは2年後の12年9月に社長に就任した。以降も現場の改善を進め、4年間で経常利益は22%増、社長就任前は7〜8%だった経常利益率も17%に引き上げた。「なんとかここまでやってきましたが、私が社長を継いで思ったのは、会社に番頭さんがいて、新社長をフォローしながら育ててくれていたらということ。そうすれば私はもっと楽だったと思います」
現在は本業以外に介護事業や障害者の就労移行支援事業所なども開始。さらには工場内に合同会社新潟小規模蒸溜所を設立し、来年3月にウイスキーの製造も始める。
「社長が率先して新しい事業を始めて、軌道に乗った後は従業員に任せていきます。後継者については、私には子どもがいませんし、親族承継にはこだわっていません。社員の中から後継者を育てていければと考えています」
会社データ
社名:株式会社大谷(おおたに)
所在地:新潟県新潟市江南区亀田工業団地1-3-5
電話:025-382-0066
代表者:大谷尚子 代表取締役社長
従業員:612人(うち正社員31人)
※月刊石垣2019年11月号に掲載された記事です。
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