事例2 家業の経営資源を生かした「ベンチャー型事業承継」で発展
西村プレシジョン(福井県鯖江市)
先細る事業をそのまま承継しても現状維持か、業績下降をどこまで緩やかにしていくかの〝守り〟になりがちだ。だが、それまで培ってきた経営資源を元に起業すれば、ゼロから起業するよりリスクは少なく、新市場開拓のチャンスも広がる。「ベンチャー型事業承継」という形態で経営革新を進める西村プレシジョンを訪ねた。
メガネの聖地・鯖江が陰り経営悪化の渦中に家業入り
「家業は継ぎません。そう面接時に言い切って東京のIT企業に就職したんですけれどね。1年足らずで戻ってきました」
代表取締役社長の西村昭宏さんが、家業の「西村金属」に入社したのは2003年3月、弱冠25歳のときだ。「継がない」と言ったものの、実は物心ついたときから家業に入ることは決めていたと笑う。 「でも、僕は次男坊。兄が家業を継ぐと思ったので、僕は誰に言われたわけでもなく、兄をサポートする立場で家業に入ると思っていました」
家業とは、1968年創業の西村金属で、日本のメガネフレームの生産シェア90%以上を誇る鯖江市を支える製造工場だ。05年からメガネづくりの歴史が始まる同社は鯖江市にあって、後発の創業だが、チタン加工の技術力の高さで業績を上げてきた。だが、他の製造業と同じく、海外に工場がシフトする中、鯖江市のメガネ産業全体が陰りを見せ始め、西村金属もあおりを受けた。
「継げとは一言も言わなかった父が、家族がここで頑張らないと未来はないと言ってきたのが戻った理由です。実際、2000年から03年にかけて売り上げは半分に落ち込んでいました。それは、メガネ製造が一気に海外に移って、鯖江に仕事が来なくなっていたときと重なります。戻ってくるのが1年遅かったら会社は持たなかったかもしれません」と西村さんは神妙な面持ちで語る。
当時、西村さんが取った打開策はインターネットによる受注だ。今のようにネットを介したB to Bは浸透していなかったものの、メガネ以外の新規開拓を狙ったのだ。だが、つてもなく、社内、特に父親からは自社の技術を公開するとは何事だと猛反発を受ける。意見は平行線のままだったが、西村さんは強行突破する。そして、これが西村金属の起死回生につながっていった。
ネットで新規開拓し「脱・下請け」で第二創業
「自社の強みは何かと洗い出したときに、チタン加工技術に行き着きました。公開して盗まれるような技術なら技術じゃないと押し切っての情報発信です。革製品のオーダーメード店からの、金属アレルギー対応ベルトの金具発注を皮切りに、医療機器や半導体、航空機宇宙関連の部品など多彩な分野からポツポツと依頼が入り、それに果敢に挑戦することで、自社の技術力も磨かれていきました」
社内外での反発は2〜3年続いたというが、メガネ以外の取引先の数が上回り、売り上げの半分以上を占めたとき、反発の声はピタリと止んだ。ネットでの新規開拓を始めて5年、売り上げは約2・5倍になり、業績が傾く00年当時を優に超えていた。V字回復である。
「父とは口論が激化して、かけていたメガネが壊れたのも1度や2度ではありません。父は17歳から家業を継ぎ、実質、創業者として奔走した功労者。培ってきた実績があっての新規開拓です。過去を否定しないスタンスを心掛けました」
そして09年、「脱・下請け」を宣言し、自社ブランドの開発・生産にも乗り出す。93年設立の西村金属の貿易部門子会社、西村プレシジョンの業務に企画、製造、販売を加え、12年6月に西村さんが代表取締役社長となり、関連企業として独立した。勝算ありと読んだのは、自社ブランドとして開発した厚さわずか2㎜の老眼鏡「ペーパーグラス」があってのこと。ペーパーグラスは見事13年度のグッドデザイン賞、それもさらに厳選されたベスト100に輝き、ミラノファッションウイークの見本市「WHITE MIRANO」への出展も果たす。テレビ番組『ガイアの夜明け』で紹介された際には電話が鳴り止まなかった。
直営店、地域ブランドで新たな価値観を創出
ペーパーグラスのコンセプト、デザイン、ブランディングまで西村さん一人で進めた快挙だが、製造は兄の憲治さんが代表を務める西村金属が手掛け、原型は10年前にすでに先代が開発していた。 「下請け会社として開発しても、結局市場には広まりませんでした。父の思いを受け継ぎ、自社ブランドとして発信したことでユーザーに届きました。ネット販売から始め、楽しく老眼鏡を買える店が欲しいというニーズに後押しされて直営店も構えました。ブランド力、信用力をつけたことで宣伝広告費をかけずに販路拡大ができたことになります」(西村さん)
社員も1人から6人、10人と増え、15年には地元、福井駅前に出店し、翌年には東京の帝国ホテルからのオファーで関東での1号店をオープン。東京、大阪を中心に店舗を増やしている。
「こうして思い切った事業展開ができるのもベンチャー型事業承継だからこそ。家業の経営基盤、取引先や金融機関との信頼関係、ファイナンス面など生かせる部分がたくさんあり、ゼロから立ち上げるベンチャーよりリスクが少ない。利点ばかりです」と西村さん。
自社ブランドの立ち上げと同時期に、地元のチタン技術加工会社数社と共同で「チタンクリエーター福井」という地域ブランドも起こす。メガネの産地・鯖江をチタン加工の集積地としてブランディングしていく活動にも尽力している。
「社会に必要な企業であり続けるために、後を継ぐ若い世代は、時代に合わせて事業を変えていく必要があると思います。地域を盛り上げていくことを最優先に、世界一の老眼鏡ブランドを目指します」 社長就任から6年、売上高は部品事業も合わせて4億円と上々だ。
会社データ
社名:株式会社 西村プレシジョン(にしむらぷれしじょん)
所在地:福井県鯖江市丸山町3丁目5-18
電話:0778-51-0127
代表者:西村昭宏 代表取締役社長
従業員:12人(店舗スタッフ+本社パート約40人)
※月刊石垣2019年11月号に掲載された記事です。
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