事例3 会社が経済的に一番つらい時期に“父親が苦しむ姿”を見せるのも事業承継
山本食品(静岡県三島市)
高品質なわさびの産地として知られる静岡県三島市で、山本食品はわさび漬けや関連食品の製造・販売を行っている。四代目で社長の山本豊さんは、50代前半から将来の円滑な事業承継に向け、長男を後継者として育て始めた。とはいえ実際には、会社に入ってくるころは業績が悪化しており、このままの状態で長男を会社に入れていいものか、かなり悩んだという。
米国行きの前に和菓子店で丁稚奉公
1905(明治38)年に初代がつくだ煮の引き売り行商として始めた山本食品は、戦後からわさび漬けをつくり始め、以来、主にわさび漬けの製造・販売を行っている。四代目で社長の山本豊さんにとって、初代は曽祖父にあたる。
「私の父が三代目として社長になったころ、観光バスのツアーが増えてきました。しかも、市内にある三嶋大社が大河ドラマの舞台になり、バスが大挙して来るようになったんです。これは商売になると考えた父は、観光バスを製造工場に呼び込んで、お客さんに製造現場を見せて、そこで直販するようになりました」と山本さんは振り返る。
山本さんは、子どものころから祖父母や両親に「お前が山本食品を継ぐんだぞ」と言われて育ってきた。しかし、高校のころには継ぐことに違和感を覚えるようになっていた。「当時は米国に憧れていました。現役での大学受験に失敗、浪人して大学に入ったら、米国に行くチャンスがなくなる。そこで父に、浪人せずに米国に行きたいと言いました。すると父は、『おれの条件をのんだら行かせてやる』と。その条件というのが、山形にある知人の和菓子店で丁稚(でっち)奉公するというものでした」 そこで経営者と従業員の両面から仕事を経験し、2年間の丁稚奉公を終えた山本さんは、念願だった米国に渡り、ロサンゼルス近郊で学校に通いながらレストランのアルバイトをしていた。レストランでは働きぶりがオーナーに認められ、新しい店の店長を任せたいと言われるようにまでなる。そのころは、家業を継ぐことなど全く頭になかったという。
会社が一番苦しい時期にためらった息子の入社
「ところが、2年近くがたったあるとき、家から届いた小包にうちのわさび漬けが入っていたんです。それを食べたら、うちはこんなにうまいものをつくっているんだと涙が出てきて。わさび屋が嫌で家を出てきたけれど、結局、家業を継ぐことで一番自分のやりたいことができるのではないかと思うようになりました。父は、まずは私にやりたいことをやらせて、そのうちに自分にとって一番魅力があるのはうちの店だと気付くだろうと考えていたのだと思います。その前に丁稚奉公をさせて、商売や会社経営の難しさを見せた。それが父の事業承継のやり方だったんです」
山本さんは帰国し、家業を継ぐべく家に戻った。当時、同社は同族会社で、親族たちが優遇されていた。これでは駄目だと思った山本さんは、親族ともめながらも会社から退いてもらい、入社から12年後、四代目として社長に就任。経営も順調で、2005年に本社工場を移し、翌年には観光ショッピング施設「三島わさび工場」を現在の場所に新設移転した。
「拠点が増えると経費も増える。そこに起こったのが東日本大震災で、さらに大型バスの事故が相次いでバスツアーの規制が強化され、都内からの日帰りツアーがここまで来なくなってしまいました」 それがちょうど、山本さんの長男の一樹さんが大学を卒業し、会社に入ってくる時期と重なった。「会社を継げと言ったことはないのですが、子どものころから継ぐつもりでいたようです。理由を聞いたら、お父さんが楽しそうに仕事をする姿を見ていたからと。とてもうれしかったのですが、会社が経済的に一番苦しい時期で、そんなときに『じゃあ来いよ!』とは、怖くて言えませんでした」
業績悪化が生んだうまい事業承継
自分と同じ経験をさせるためと、会社を立て直す時間を稼ぐために、山本さんは一樹さんを県内の食品問屋に修業に出した。その間に、わさび屋としての原点に戻り、“わさびを、もっと、おもしろく”という会社のコンセプトを決め、いろいろなわさび商品を出していくことにした。しかし、それで業績が急激に上がるわけではない。
「私は息子に父親のかっこいい姿を見せたかったのですが、いろいろな人に相談すると、みなさんこう言いました。父親が一番苦しいときを見せておいた方がいい、会社の業績を上げるためにもがいている姿を見せるのも事業承継だから、すぐ会社に入れた方がいいと。それで息子に、戻ってこいと伝えました。だからうちの場合は、業績悪化が生んだレアな事業承継という感じです(笑)」
山本さんは一樹さんが入社すると、まずは製造部門で1年間、次に店舗、今は経理を担当させている。今後は、一樹さんに営業を担当させるつもりだという。「営業をやっていくうちに、取引先から多くのニーズを聞いて、その中で自分が実現したいものが出てきて、絶対に私に相談してくるはず。それが息子にとって成長するチャンスだと思いますし、すごく楽しみにしています。そうしたら、息子と一緒に今後の会社の新たな方向性を見つけていこうと思っています」と山本さん。
最近は会社の業績も大きく安定し、次世代も含め返済しながら、さらに飛躍する仕組みを描いていると山本さんは言う。「息子は私と同じことをする必要はなく、自分の路線を見つければいい。言えるのは、日本一のわさび屋になるつもりでわさびを極めろ、ということくらいでしょうね」
会社データ
社名:株式会社山本食品(やまもとしょくひん)
所在地:静岡県三島市御園103-2
電話:055-982-0892
代表者:山本豊 代表取締役
従業員:50人
HP:http://www.yamamotofoods.co.jp/
※月刊石垣2019年11月号に掲載された記事です。
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