東京・目黒区の米穀店「スズノブ」は東急東横線都立大学駅から数分の生活道路沿いにある、およそ40坪の店。半分は精米機とその作業場に占められ、残る20坪程度の売り場に全国各地の銘柄米が陳列されている。その数、なんと65品目。
しかも、その一つ一つが店主自ら産地へ足を運び、選び抜いた銘柄だ。中には、生産者と共に開発してきた銘柄も少なくない。この店主、ただ者ではないのだ。
オリジナルの透明什器に玄米の状態で陳列され、顧客の好みから用途、家族構成や生活環境を聞きながら、お勧めの一つを選ぶ。それを1㎏単位から精米して販売する。 少量ゆえ、顧客はさまざまな銘柄を楽しむことができる。加えて、米は生鮮食品だから、精米したら早く食べきってほしいという店主の願いもある。どのように研ぎ、炊くと、最も本来の味を引き出せるか、保存方法についての説明も念入りだ。
「日本の国土面積に対する水田の割合は大きい。それなのに、日本人が日本のお米のことを知らないのが現状なんですよ。朝昼晩3食違ったお米を食べることが常識になってほしいですね」と、店主の西島豊造さんは言う。
米のソムリエの誕生
スズノブの西島さんは大学で畜産土木を学び、北海道で農業のコンサルタントをしていた。しかし1988年に母親が病気になったため、家業を継ぐことになった。当時の米穀店業界は米問屋が持っているものを仕入れて売るだけで、お米の産地も品種も選んでいなかった。
「米屋にまったく希望を持っていなかった。このままでは消えてなくなるだろうと。だったら、とことん理想とする店をつくろうと決意したんです」(西島さん)
それは、作り手(生産者)と受け手(消費者)の中間に立つ伝え手(商業者)として、そのどちらよりも商品に詳しくなることだった。農家から直接仕入れた米が「ヤミ米」と言われ禁止されていた食糧管理法下の時代から産地を回り、「米穀店が何をしに来たんだ?」と言われながらも取引先を開拓していった。新食糧法施行により直取引が認められるようになると、「まるで手錠が外れたような感じだった」(西島さん)という。生産方法については今も最新の文献に当たり、情報収集を怠らない。
また、料理方法、食べ方についても持ち前の研究心で調べ上げ、好み、用途に応じて最適な銘柄をコンサルティング販売している。売り方は同業ではなく、ワイン専門店、アパレル専門店など異業種から学んだ。 例えばワイン専門店では、産地やぶどうの品種による味の違いや、お客の好みの料理などを聞いて一本をお勧めしている。西島さんはこのようなプロの店の接客を徹底的に勉強して米穀店に応用した。いつしか西島さんは「米のソムリエ」と呼ばれるようになっていた。
顧客へのメッセージ
こうした西島さんの取り組みに見られるように、品揃えとは、商人の存在理由であり、顧客へのメッセージである。その根本には、「誰を、何を通じて、どのように幸せにするのか」という命題がある。
その命題から外れ、売り上げのために、売れるものなら何でも置いたり、流行している商品だからという理由で品を揃えたり――こういう店では、もはや誰も見向きはしない。消費が成熟した今日、消費者は生半可な商業者よりも詳細かつ本質的な情報を持っているからだ。
一つ一つの商品を吟味して品揃えすることでつくり上げた、あなたの店独自の世界観こそ、顧客があなたの店を愛する理由にほかならない。そして、そうした店しか残れないと知らなければならない。
(笹井清範・『商業界』編集長)
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