今年2月、環太平洋地域の国々による経済連携協定「TPP(環太平洋パートナーシップ)協定」に参加12カ国が署名し、あとは発効時期を待つばかりとなった。これにより影響が懸念される中小企業、農林水産業だが、発想を変えれば活路は開ける。そこで、農商連携により農水産物の輸出を目指す企業や、地方の中小企業が「攻めの姿勢」に転じてTPPで勝ち抜く方法を探っていく。
総論 TPP発効まであと2年 今すぐ対策を講じることが重要
菅原 淳一(すがわら・じゅんいち)/みずほ総合研究所 政策調査部 上席主任研究員
TPPが発効されると多くの関税が撤廃され、日本の産業に大きな影響を与えることが予想されている。TPPのメリット・デメリットは何か、それに備えて中小企業はどのような準備をしていくべきなのか。通商政策に詳しいみずほ総合研究所・上席主任研究員の菅原淳一さんに話を聞いた。
高度な貿易の自由化が進み輸入品がより安くなる
──まず、TPPとはどのようなものなのでしょうか。
菅原 TPPとは「21世紀型メガFTA」(FTA=自由貿易協定)といえます。参加12カ国のGDPの合計は世界の約4割を占め、域内人口8億人の市場は一体化が進んでいきます。これまで日本が諸外国と締結してきた貿易協定と異なり、経済規模が非常に大きい。これは日本経済の活性化にとって大きな意味を持ちます。「21世紀型」には二つの意味があり、一つは貿易自由化が高水準であること、もう一つはルールが広範囲に及ぶ高度なものであるということです。
TPPにおける日本の関税撤廃率は全品目の95%と12カ国の中では一番低いのですが、それでも農産物の聖域に一部踏み込んで自由化しており、日本にとってはこれまでで最高の撤廃率です。その他の国々はほぼ100%撤廃します。これにより、高水準な貿易の自由化が行われることになります。
──昨年10月のTPP大筋合意の時期についてはどう思いますか?
菅原 日本経済のあり方という観点からすると、もっと早く合意すべきでした。少子高齢化・人口減少時代を迎え、いかに日本経済を活性化させていくかを考えた場合、外国からの直接投資や高度人材の受け入れ、貿易など、できるだけ早くアジアの活力を日本の成長に取り込んでいかなければなりません。そのためにもTPPの早期合意は必要でした。とはいえ、安倍政権が発足してから数カ月で交渉参加を決め、2年で交渉を終えたのは上出来だったと思います。
──私たちの生活にはどのような影響があるのでしょうか。
菅原 農産物や食料品などはさらに多様な輸入品が入ってきて、しかもこれまでより安くなります。また、輸出が増えれば、勤めている会社の景気が良くなるし、TPP参加国にある海外支社への転勤が容易になり、海外で勤務する機会が増えるかもしれません。逆に自分の会社に海外子会社の社員が来て、同僚や上司になるなど、外国人と一緒に働く機会が増えることも考えられます。ただし単純労働者や移民はTPPでは自由化していないので、急に外国人がどっと押し寄せてきて、日本人の職を奪うことにはなりません。
各国間のルールが統一化され中小企業にとってメリットも
──日本経済にとってTPPのメリットは何ですか?
菅原 関税以外にも、サービス貿易や投資、政府調達(政府機関や地方政府などが購入やリースによって行う物品・サービスの調達)など、これまで自由化していなかった国々が市場開放に踏み切りました。これにより、日本企業にとってはそれらの国々でのビジネスチャンスが広がります。ルール面では、知的財産権の保護強化や電子商取引のルール、国有企業の規制など、12カ国共通のものができるため、TPPとそれに付随するルールを知れば、どこの国でも国内と同じルールでビジネスができるようになります。これにより海外ビジネス展開のハードルが下がり、これまで大企業しかできなかったようなことが中小企業でも可能になる。これは中小企業にとって大きなメリットになると思います。
──逆にデメリットにはどのようなものが挙げられますか?
菅原 TPPはこれまでにない自由化やルールをつくり上げているので、それに合わせて日本自体も変わっていかねばなりません。そして変化には痛みが生じます。関税が撤廃または低くなることにより、外国から安値の競合品が入ってきます。海外展開のチャンスが広がるのと同時に、国内では海外からの競争相手が増えることになるわけです。その影響が一番心配されているのが農林水産業です。
とはいえ、TPPはあくまでも通商協定で、扱っていない分野も数多い。例えば公共的なものはほとんどが範囲外になっています。公共工事に関しても、すでに日本は政府調達においてWTOで国と都道府県、政令指定都市まで自由化しており、それを上回る約束をTPPではしていません。そのため、必要以上に心配することはありません。
海外展開への大きなチャンス これからは攻めのビジネスを
──TPPにより大きく伸びることが期待される産業は何ですか?
菅原 一番期待されているのは自動車関連です。特に自動車部品は、アメリカで8割以上の品目の関税が即時撤廃されます。そのため自動車部品や工作機械などの輸出において、伸びが期待されます。
その次は繊維・衣類。日本国内での競合が激しくなるデメリットはありますが、日本には高機能の繊維・衣類があり、海外市場でそのような製品の伸びが期待されます。特に今後、ベトナムからアメリカへの繊維・衣類の輸出が増えることは確実です。生地を日本から調達してベトナムで縫製し、アメリカに輸出する形なら関税がかからないため、それに向けて動いている企業もすでにあります。
──大きな影響を受けることが予想される農産物・食料品についてはどうですか?
菅原 実は農産物・食料品も、やり方によっては大きな伸びが期待できます。どこの国でも農産物や食料品には高関税を課しており、それが撤廃されれば日本産のものを海外で売りやすくなります。アジア諸国ではこれから所得水準が向上していき、高品質な日本製品、安心安全な日本の食料品への需要は高まっていくと思われます。
日本は地域の特色ある農産品のブランドを保護する「GI(地理的表示保護制度)」を導入しています(例・神戸ビーフ、夕張メロン)。ブランド価値が上がれば農産品の値段も上がり、農家の収入も増えます。このGIはTPPによって相手国でも保護され、電子商取引のルールも整備されるので、農家が自分でホームページをつくり、相手国に直接売ることもできるようになります。これは日本の農家にとってチャンスですし、このような〝攻めの農業〟がこれからは必要になります。これは他の中小企業や地方の企業も同じで、自社製品の付加価値を高めることで、電子商取引を通じて自分たちで海外に売り出していけるチャンスなのです。
TPP発効に向け万全な準備が必要
──日本の中小企業はTPPに備えてどのような準備を進めていく必要がありますか?
菅原 準備の第一歩は情報収集です。自社のビジネスはTPPを利用して何ができるのか、どんな影響が出そうなのかということを検討する。例えば、輸出がしやすくなるのか、競合製品が入ってきやすくなるのか、国内のライバル企業はどのような動きをするのかなどです。そのうえで、今後の社内体制、必要な人材、専門の部署をつくるべきかなどを考えていく必要があります。
──準備していくなかで分からないことも多く出てくると思いますが、どうしたらいいですか?
菅原 TPPの中には「中小企業」という章があります。ここでは各国の中小企業にTPPをいかに活用してもらうかを規定しています。具体的には、ウェブサイトをつくってTPPの情報を経営者に伝えていくことなどです。ここにアクセスすればTPPについてだいたいのことを知ることができ、どんな手続きを取ればTPPが使えるのか、これを輸出すると関税率はいくらかといったことが分かるようになります。またTPPに関する相談窓口は、経済産業局や日本貿易振興機構(ジェトロ)などがすでに開設しています。
──TPPが発効されるのはいつになりますか? これから準備を始めても間に合いますか?
菅原 発効時期は参加12カ国の国内手続きの進行状況によって変わりますが、今から2年後が目安となります。2年というのは長いようで短く、短いようで準備する時間は十分に取れます。焦る必要はありませんが、後回しにできるほどの余裕もありません。今後の2年間でいかに準備を進めていくかが重要になってくると思います。
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