「健康経営」は、今や働き方改革としてだけではなく、中小の企業にとっては新たな事業戦略や人材確保という面からも注目され、導入する企業も増えているという。今年、注目度がさらに増す「健康経営」のメリット、また導入することで何が変わるのかについて解説するとともに、すでに「健康経営」を導入している企業や商工会議所の取り組みの効果を探った。
総論 「健康経営」はノーリスク・ハイリターンの新事業戦略
山本 雄二 株式会社ミナケア代表・医師
昨今、「健康経営」という言葉をよく耳にする。健康経営とは、社員の健康管理を経営課題として捉え、その実践を図ることで、社員の健康維持・増進と会社の生産性の向上を目指す経営手法のことだ。とはいえ、中小規模の企業がどう取り組めばよいのか。ヘルスケアをトータルにサポートしているミナケアの代表で医師の山本雄士さんに聞いた。
社員の最大限の能力発揮が狙い
――健康経営とは何ですか。
山本 簡単に言えば、社員の健康を管理して、いかに能力を発揮してもらうかを考えようというものです。「能力開発ならやっているよ」という経営者は多いのですが、能力を発揮するにも体が資本。人材という資産を最大限活用するために、会社が社員の健康維持・増進を図ろうというのが健康経営です。
――なぜ今になってクローズアップされているのでしょうか。
山本 医療費が高騰の一途をたどる中、健康を維持して医療費の削減、もしくは伸びの抑制につなげるという目的が1つ。また経営者にとっても、今後少子化が進んで労働力が減少すれば、人材をできるだけ長く活用しなければならず、社員の健康を考える必要が出てきたという理由もあります。
――「社員の健康は大事」という会社は多いはずですが、経営には生かされていなかったのですか。
山本 残念ながらそうです。健診を毎年行ってきたものの、その結果を十分に活用するまでに至っていませんでした。そこで動き出したのが厚生労働省と経済産業省です。厚生労働省は平成27年から「データヘルス計画」をスタートさせ、保険者が特定健診や診療報酬明細書などから得られるデータを分析して、保健事業へ活用するように促しました。これに歩調を合わせたのが経済産業省で、社員の健康管理に積極的な企業を選定して評価する取り組みを始めたのです。つまり保険者と経営者がコラボして、健康経営を進めましょうということです。
労務管理・採用に大きく影響する
――大企業ではすでに健康経営に取り組んでいるところもあると聞きます。
山本 年々増えています。社員が健康であれば、職場全体のパフォーマンスの向上、それによる売上増やコスト削減が期待できます。また、会社から「あなたの健康を気遣っていますよ」というメッセージを受け取っている労働者の方が、そうでない労働者よりも仕事に自信やプライドを持ち、短期の離職率も4分の1に減るという結果が、世界経済フォーラムの調査で明らかになっています。
――目に見える効果があるということですね。
山本 健康経営は、単に「健康っていいよね」というキラキラした話ではなく、人材を最大限活用するための経営戦略です。ですからそれが実現できれば、業績にも変化が表れてくるのです。
――とはいえ、中小企業からは「そんな余裕ないよ」という声も聞こえそうですが。
山本 今までの経験から言うと、中小企業の方が取り組みやすい。大企業だと組織が大きいため、何かと段取りが必要ですが、中小企業では社長が「私も禁煙するから、君たちも禁煙しろ」と言うだけで、禁煙率がグンとアップします。社長がリーダーシップを発揮すれば健康習慣が始まるし、効果も出やすいのです。
――社長の鶴の一声で決まるわけですね。
山本 中小企業の多くは協会けんぽに入っているので、1社だけが頑張っても保険料率は変わらないのがネックですが、これは近い将来に改善されることを願います。そうなれば社員が健康を維持するほど納入する保険料が減り、コストも下がります。社員にしても給料の手取りが増えるので、さらにやる気が出るはずです。
社員同士が“声掛け”するだけで健康意識は高まる
――それではどんなことから始めたらよいのでしょうか。
山本 まずは生活習慣の改善から始めるとよいでしょう。禁煙を促したり、BMI(肥満度を示す体格指数)が25を超えている人を減量させたり、健診で異常数値がある人には治療を受けさせたりすることなどが挙げられます。
――特定健診などでもよく指摘されることですね。
山本 ただ、やり方には注意が必要です。例えば、減量のために断食をさせる、高血圧の人に血圧低下をうたったお茶やサプリメントを無理に飲ませるなどはおすすめできません。また、禁煙も個人の意志にゆだねず、禁煙外来など専門家の指導に沿って取り組めば成功しやすいでしょう。正しい知識の下に行うことが重要です。
――ほかにもポイントはありますか。
山本 社長自ら「この方針でやるぞ!」と決めること。健康経営を今の時代に必要な新規事業と捉え、具体的な目標を立てて、新商品やサービスをつくるくらいのパワーで取り組むことです。
――健康経営に乗り出して、成果のあった事例はありますか。
山本 ローソンの例では、ある日経営者が「健診を受けない者がいたら、当事者とその上司のボーナスをカットする」と宣言したら、その年から受診率100%になりました。また、日本航空では「ウェルネスリーダー」を任命し、従業員の体調管理に当たらせています。小学校の保健委員のような役割で、「体調の悪い人はいませんか?」などと聞くのが仕事ですが、社員の意識に確実な変化が表れています。
――中小企業でも実践しているところはありますか。
山本 社内に「禁煙サポーター」という役割を設けた会社があります。喫煙者に1カ月分のマス目が書かれた紙を渡して、禁煙サポーターは、担当する喫煙者がたばこを吸ったかを毎日チェックします。吸った日には×、吸わなかった日には○を記入してもらい、1カ月間吸わなかったらご褒美を与えるというものですが、生活習慣はこうしたことで劇的に変わります。
――この方法ならほとんどコストもかかりませんね。
山本 成功のポイントは“声掛け”です。職場で互いに「元気?」「調子どう?」などと声を掛けるだけで、相手の体調が見極めやすくなりますし、声掛けされた方も気に掛けてもらっていることが分かるのでやる気になります。さらにメンタルヘルス対策としても効果的なので一石二鳥です。
――声掛けをする人は“健康優等生”でないといけませんか。
山本 そんなことはありません。重要なのは声掛けですから、禁煙サポーターが喫煙者でもいいし、ウェルネスリーダーがメタボでも構いません。むしろ、そういう人に声掛けされたら、「お前には言われたくない」とかえって奮起するかもしれません(笑)。
――営業職だと接待があるなど、職種によって実践しにくい場合もあるのでは。
山本 これを機会に接待の方法を見直してみてはどうでしょう。夜の飲食を主体とする従来の接待を、パワーランチ(仕事の打ち合わせをしながらとるランチ)にするとか。むしろ「社員の健康に気遣う会社」と認識してもらえます。それに社員の健康管理をしていると、客の健康も考えなければという発想になって、商品づくりやサービスも変わっていく可能性が高い。それが会社のブランディングにもつながります。
――やればやっただけよいことがたくさんあることが分かりました。
山本 現在、行政などもさまざまな支援体制を打ち出していますし、地方の金融機関などでは独自に「健康格付」を設けて、それに応じて融資の利率を優遇するところも増えています。初めから完壁を目指さなくてもよいので、まずは社長がやると宣言して、身近なことから始めれば、さまざまなメリットを実感できるはずです。
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