2020年は、一向に収束が見えないコロナ禍によって、国内外を問わず多くの企業を巻き込む未曽有の経済危機に陥った。しかし、東京オリ・パラの開催も見込まれ、新年を迎えて明るい兆しが見えてきた。そこで、気分を一新すべく本誌特集は、しなやかな感性と経営手腕でコロナ禍を乗り越えるべく奮闘する、全国の女性経営者の“今”に迫った。
事例1 女性の積極採用と多能工化の推進で“ものづくり人材”を育成
今野鉄工所(北海道室蘭市)
「鉄のまち」として発展してきた室蘭市で、1962年に製缶加工と機械加工を主体として創業した今野鉄工所。同社の三代目を引き継いだ今野香澄さんが、力を入れてきたのが女性の活用だ。典型的な‶男社会〟に女性が加わったことで作業効率が上がったほか、技術の積極的習得による多能工化も着々と進んでいる。
まさに「青天の霹靂」だった専業主婦への事業継承
室蘭本線の線路脇に今野鉄工所はある。大きな音が響く工場では、主に大型鋼構造物の製作などを行っているが、製缶加工と機械加工を一貫体制でできるところが同社の強みだ。特に得意とする厚鋼板曲げ加工は、大手鉄鋼メーカーと同等の加工技術を誇る地域唯一の企業でもある。
そんな同社を切り盛りしているのが今野香澄さんだ。創業者の娘で、2013年に二代目である叔父の急逝を受けて社長に就任。以降、女性の採用や従業員の多能工化などに取り組み、会社を盛り立ててきた。本人によれば、この事業継承は青天の霹靂(へきれき)だったのだという。
「私はもともと専業主婦でしたし、家業を継ぐつもりは全くありませんでした。父が晩年に少し耳が遠くなったので、社員とのコミュニケーションをサポートしたり、経理を手伝ったりはしていましたが、経営のことも製造のこともほとんど何も知らなかったんです」とおっとりした口調で説明する。
ほかに継ぐ者がいないため、やむなく社長に就いたものの、周囲の反応は冷ややかだった。社員は口にこそ出さないが、「本当に大丈夫なのか?」という不安が顔に出ていた。社外からも「女に何ができる?」と言われていることが漏れ伝わってきた。何を隠そう、一番不安だったのは今野さん自身だ。そこで従業員には「私は工場のことは何も分からない。でも、皆と一緒にやっていきたいので、力を貸してほしい」と頭を下げ、協力を仰いだ。社外にも自分という人間をよく知ってもらおうと、さまざまな会合に顔を出した。そうして徐々に実務を覚え、業績が上向いていたこともあり、社内は落ち着きを取り戻していった。
「ものづくりに興味がある」女性人材の採用を推進
従来の経営を踏襲してきた今野さんが、女性の採用を考え始めたのは15年ごろからだ。当時、事務の女性が1人いるだけの典型的な男社会で、仕事のやり方がどこか大ざっぱなことが気になっていたという。
「大型機械を扱う仕事は体力のある男性の方が向いていますが、中には細かい作業もあります。それは女性の方が絶対に向いていると前から感じていました」
しかも念頭にあったのは‶子どものいる〟女性だ。子育て中の母親は24時間体制で子どもを見守り、家事や育児をこなすために常に物事の段取りを考えながら行動している。自身も3人の子どもを持つ母親として同じ経験をしてきただけに、女性は広範囲に目が行き届き、作業を効率よく進められるのではと考えたのだ。早速、その意思を社内に伝えると、案の定反応は微妙だったが、女性にも扱えそうな機械や作業を具体的に示して説得した。
「最初は地元の新聞に募集広告を出したんですが、『女性と限定はできない』と言われました。そこで苦肉の策として、男性と女性が同じ作業服を着ているイラストを付けて、暗に男性だけの募集ではないことをアピールしたのですが、女性の応募はありませんでした」
次はハローワークを通じて募集をかけた。「子どものいる人は勤務時間の相談に応じる」と提示したところ、興味を持った女性が工場見学に来てくれて、その中から2人を採用した。
「2人とも幼稚園児のいるお母さんで、どんな仕事なのか、どれくらい大変なのかも分かっていませんでした。でも、『ものづくりに興味があるからやってみたい』と。そういう人に来てほしかったんです」
入社後は、研修として3カ月間、現場作業に必要な関数の知識やプログラミングの組み方などを叩き込んだ。現場でやりながら仕事を覚えていく類の知識ではなかったためだ。「ものすごく大変そうだった」と今野さんは振り返るが、2人とも音を上げずに研修を乗り切り、現場で加工機械の動かし方を覚えていった。その後も「ものづくりに興味があること」のみを募集要件として、1人また1人と女性を採用し、女性作業員は4人になった。
女性の集中力や作業効率の高さがいい刺激に
女性を採用したことで、特に気を使ったのはハラスメントの問題だ。長年の男所帯で、女性に配慮するという文化がない。ちょっとした軽口や態度がセクハラになったり、きつい口調での指示や注意がパワハラになるおそれがあるため、たびたび勉強会を行って注意を喚起した。
また、子どもの急病などの際に気兼ねなく早退や欠勤ができるようにも配慮した。もともと有給休暇の範囲内であれば、通院による遅刻や早退、子どもの行事や家族の介護などでの休みが取りやすい社風ではあったが、女性の場合、欠勤が続くと「皆に迷惑を掛けて申し訳ない」「自分はここにいていいんだろうか」と責任を感じてしまいがちだった。そこで今野さん自ら悩みを聞いたり、相談に乗ったりもしているという。一見、負担が増えたかに見える女性の採用だが、メリットは大きいと言い切る。
「人にもよるでしょうが、全般的に女性は一生懸命で集中力も高い。定時に仕事を切り上げるために、自ら工程を管理して作業を効率的に進めます。女性が『次はこんな機械も動かしてみたい』などと前向きなことを言うと男性社員にも刺激になるようで、全体的に仕事へのモチベーションが上がったと感じています」
今野さんは女性採用と並行して、従業員の多能工化にも力を入れている。技能・技術をステップアップさせるために、男女を問わず能力開発セミナーやスキルアップ研修などへの参加を促し、実践的な加工をはじめ、多様な技能習得を図っている。それにより業務の生産性向上を目指すとともに、技能継承にあたる指導者を育成するのが狙いだ。
‶ものづくり人材〟を強みに新分野への参入にも挑戦
かつての同社は、ワンマン社長によるトップダウン型組織だったという。しかし、今野さんの代になってからは180度変わった。
「父は何事も自分が仕切るタイプでしたが、私は逆。何かあったら幹部に頼るし、現場の声も聞きます。従業員もいろいろ言いやすくなったんじゃないでしょうか。取引先の社長も皆男性ですが、かつてのような居心地の悪さはなくなりました。むしろ今では、『女性が入ると違う意見が聞けるかもしれないから、顔を出してほしい』とよく言われるんですよ」
男社会だったからこそ、女性ならではの細やかさや気遣いがプラスアルファを生み出し、新規事業にもつながっている。その一例が、同社のものづくり人材を強みとした、航空宇宙産業への参入という新たな試みだ。市内の中小企業4社が連携する「室蘭航空宇宙産業ネットワーク(MAS‒NET)」の一員として、将来的な航空機部品や関連部品の共同受注を視野に入れつつ、航空機用治具の製造に乗り出している。
「時代とともに扱うものが変わっても、『技術の伝承と人材の育成』が当社の原点です。それを実践する意味でも、今いる女性たちを早く一人前にしたい」と、母親のような目で抱負を語った。
会社データ
社名:株式会社今野鉄工所(こんのてっこうしょ)
所在地:北海道室蘭市港北町1-25-33
電話:0143-55-7802
代表者:今野 香澄 代表取締役
従業員:25人
※月刊石垣2021年1月号に掲載された記事です。
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