地域に必要な人材の育成が地域や地元企業にとって深刻な問題となっている。そこで、地域を活性化し中小企業を成長させるため、若い人材の地域定着を目指して各地の商工会議所が取り組む、各世代に向けた新たなキャリア教育を紹介していく。
キャリア教育を通じて地元の学生と地元企業の交流機会を創出
高崎商工会議所は、2016年より地域産業の活性化を目指して、若者と市内の中小企業の交流事業を展開している。企業トップを講師に招いたセミナーや企業見学ツアー、合同説明会などを通じて、中学生から大学生まで幅広い世代に地元企業のことを知ってもらい、企業の人材確保につなげていくことが狙いだ。
地方企業に目を向ける仕組みが必要
人口減少・少子高齢化の進む地方都市において、地域産業の活性化は避けて通れない課題である。若者の地域への定着はもちろん、UターンやIターンを促し、雇用や定住につなげる施策は、全国の至るところで行われている。群馬県内最大の人口を擁する高崎市も例外ではない。
同市は県の中南部に位置し、古くから交通の要衝として栄えてきた中核市で、卸、小売り、製造業などを中心とした中小企業が多数立地する商工業のまちである。また、八つの大学・短大が集積する大学のまちでもあり、市内の大学生数は約1万2000人を数え、年々増加している。若者の雇用や定住という観点からすれば、一見恵まれた環境のようにも見えるが、学生の首都圏志向は根強い。
学生の就職に関する調査によれば、東京に就職する理由として、「都会の便利さ」とともに「地元に志望する企業がない」という回答が多い。地方都市から若者が流出する背景には「大学に進学した若者が就職する受け皿が地方にはない」という見方が多く、学んだ専門性を生かせる企業を求めて首都圏志向となると考えられる。
「地方企業はBtoBの取引が多く、学生は技術力や製品などを目にする機会があまりありません。また、近年の就職活動はインターネットを通じて行われることがほとんどですが、就職情報サイトに登録していない企業は、新卒者を求人していない企業と見なされがちです。そこで学生たちにキャリア教育を通じて地元企業に目を向け、地元で能力を発揮してもらえる仕組みをつくりたいと考えました」と、高崎商工会議所総務課長の梅澤史明さんは学生を対象とした取り組みの発端を説明する。
早い段階から行った方がより効果的
同所が、キャリア教育を中心とした学生と企業との交流事業をスタートしたのは2016年のこと。その先陣を切ったのは、梅澤さんの立ち上げた「高崎ビジネススクール」だ。これは公立高崎経済大学の学生が運営する中心市街地のカフェを会場として、市内の大学に通う学生が地元企業の経営者から経営戦略やマーケティングの話を聞くというものだ。
「コーヒーを片手にリラックスした雰囲気の中で、企業経営者と交流しながら、学生に地元企業の実態を知ってもらう機会と位置付けています。これで直ちに企業と学生をマッチングさせようというのではなく、ゆくゆくは就職に結びついてくれたらという思いでやっています」(梅澤さん)
参加した学生には好評だったが、首都圏志向の学生の意識を地元にシフトさせるのは容易ではない。そこでもっと早い段階から地元に目を向けてもらおうと、17年に小・中・高校生を対象とした「市内企業見学バスツアー」を企画した。この取り組みを立ち上げた同所経営支援課係長の鈴木淳世さんはこう説明する。
「キャリア教育というのは、長期的な視点が重要です。そこで市内にどんな会社や業種があるのかを実際に見る機会を設けて、働く姿を身近に感じてもらいながら、企業の知名度や魅力のアップにつなげていくのがバスツアーの目的です」
小学生の日、中学生の日、高校生の日をそれぞれ設け、小学生だけは保護者同伴にして見学ツアーの募集を行った。ところが、参加者集めに苦戦する。そこで、翌年のバスツアーは中学生に対象を絞った。高校生はすでに将来を見据えて科を選択していることも多いため、その前に企業見学を行った方がいいと判断したのだ。前回の反省を生かして、市内全域の中学生全員に募集チラシが行き渡るように、市の教育委員会に協力を仰ぎ、中学校校長会にも足を運んでキャリア教育の必要性を説明し、賛同を得た。その結果、定員50人のところに75人の申し込みがあった。
「工夫したのは、通常なら見せないところもできるだけ見られるようにしたことです。例えばホテルなら、ロビーや客室だけではなく、汚れ物を集積したバックヤードも見学コースに入れました。ツアー後のアンケートを集計すると、『高崎にこういう企業があることを知らなかった』『今後の企業選びの参考になった』という意見が多数を占め、開催の目的に叶(かな)う結果となりました」(鈴木さん)
企業説明会も地元の学生に特化した工夫を施す
3年目となる18年には、新たに「市内優良企業見学バスツアー」をスタートする。中学生向けバスツアーとは別に、高崎経済大学の学生に地元企業の魅力をPRするのが目的のプログラムだ。企業にも学生にも、互いを知るいい機会になったと好評だった。さらにその後、同大学内に企業を招き、地元企業の情報や社員の声を就活に生かす「普段着で参加するインターン&企業説明会」を開催した。
「4年生はある程度進路が決まってしまっている部分がありますので、メインターゲットは1~3年生です。3年生以下なら本格的には進路を固めていないことも多いので、地元企業を候補に加えてもらうのが狙い。必ずしも就職に直結するわけではありませんが、それに納得してくれた企業が参加してくれているのも特徴です」と企業説明会の運営を担当する同所経営支援課主事の大友雄太さんは話す。
この取り組みが一般的な企業説明会と違うところは、地元の学生に特化しているところだ。例えば、地元に就職した大学OBに企業プレゼンをしてもらうことで、聞きにくいことでも気軽に聞ける雰囲気をつくったり、ある建設会社のケースでは、会場と現場をオンラインでつないで仕事内容をリアルタイムで見せたりするなど、地元を身近に感じるように工夫されていて、それが企業のイメージづくりにも貢献している。
長期的視点で新卒から中途組まで獲得を目指す
地道に取り組んできた交流事業だが、昨年来のコロナ禍により、現在は多くが休止を余儀なくされている。それでもできるものは形を変えながら、臨機応変に継続している。
「例えば、企業説明会はオンラインに切り替えて行っています。また、企業を見学しなくても企業情報を伝える方法はないかと考え、中学生向けの市内企業ガイドブックをつくり、年度内に配布する予定です」(鈴木さん)
コロナが収束した際には、既存の取り組みを順次リスタートするほか、企業説明会に関して今後は私立大学も加えて、より幅広い業種とのマッチングを模索していくそうだ。
同所のさまざまな取り組みに共通しているのは、学生と地元企業との交流を長期的視点で捉え、目先の結果にとらわれていないことだ。これについて梅澤さんはこう補足する。
「私たちは学生と企業を数多くマッチングさせることよりも、いかにミスマッチをなくして定着を促すかに重点を置いています。ですから、必ずしも新卒だけにこだわっていません。一度は地元を離れて就職しても、高崎の企業情報が記憶にインプットされていれば、いつか戻ってきてくれる可能性があります。そうした中途組も積極的に取り込みたい」
実は、梅澤さんたち3人は皆、高崎の出身ではない。高崎経済大学を卒業後、それぞれ他の地域で就職したが、縁あって戻ってきたのだという。まさに経験者だからこそ、高崎の魅力を早いうちから発信しておきたいと考えているのだ。
このキャリア教育の取り組みは、大きなプロジェクトとして大上段に構えているわけではない。組織横断的に計画を立ち上げ、互いに連携を取りながら実施し、課題をその都度修正しながら地道に続けてきたことが、徐々に結果につながり始めている。
「高崎の魅力は、何といっても暮らしやすいこと。ただ同時に、就職先があるという要素がなければ、移住や定住には結びつかないでしょう。今後も長い目で取り組みを継続して、暮らしやすくて働きやすいまち・高崎をPRしていきたいですね」
会社データ
高崎商工会議所
所在地:群馬県高崎市問屋町2-7-8
電話:027-361-5171
HP:https://www.takasakicci.or.jp/
※月刊石垣2021年11月号に掲載された記事です。
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