商いの目的は何だろうか。もうけて利益を上げること。それで店数を増やすこと。さらにもうけを増やすこと。
果たして、それだけなのだろうか。確かに、「手段」として店数やもうけは必要かもしれない。しかし本来の「目的」は、関わる人たちを幸せにすることにある。
累計70万部を発行するベストセラー『日本でいちばん大切にしたい会社』著者であり、法政大学大学院の坂本光司教授は会社経営の目的は「5人に対する使命と責任を果たすための活動」と提唱する。その5人とは、①社員とその家族、②取引先(社外社員)とその家族、③現在顧客と未来顧客、④地域社会、⑤株主や投資家を指す。彼ら5人をこの優先順位で大切にすることこそ、商いをする目的にほかならない。
しかし、もうけの魅惑は人を狂わせる。いつしか「手段」が王位に就き、「目的」が従者へと落ちていく。もうけを優先して大切な人たちをないがしろにしていく。しかし、その先に待っている景色は決してばら色ではない。
繁盛につれて揺らいだ絆
静岡県で地元農家の有機野菜を使ったレストラン「キチトナルキッチン」のオーナーシェフ、吉村直也さんも、そうした隘路(あいろ)に迷い込み、苦しんだ一人だ。
30歳で脱サラし、それまでまったく経験のなかった料理の世界で修業を重ね、自分の店を持ったのは36歳のときだった。料理人としては遅いスタートと周囲からは危惧されたが、妻の支えと持ち前の継続力、そして天性の明るさで起業を果たした。
しかし、開店初日の来店はわずか2組。開業当初は客数も伸びず、もうけることの苦しみを味わった。そこで吉村さんはがむしゃらに働いた。チラシをつくって近隣にポスティングや営業に回り、コンセプトが知られ始めると業績は向上、3年後には2号店をオープンさせるまでに成長していった。
店は忙しくなり、働くスタッフたちとの意思疎通が図れなくなっていったのもこのころからだった。吉村さんのやり方に共感できなくなり、辞めるスタッフが現れ始めた。
それでも人気は上がる一方で、半年後には静岡市に3号店を開店。富士市にある2号店は、創業時から苦労を共にしてきた社員に委ね、吉村さんは新店に集中した。
すると、2号店の他のスタッフたちから店長に対する苦情・不満が届くようになる。吉村さんが任せたはずの店長の話をろくに聞くことなく責めたところ、店長は辞めていった。
「今思えば責任は私にあったのに、それに気付かず大切な社員を失ってしまいました。それから、会社はまず社員を大切にしなければならないと考えるようになりました。それが会社の目的だと。お客さまを大切にするには、まずは社員が幸せでなければなりません」
そう考えを改めた吉村さんは、規模拡大よりも地域に愛される店づくりのため創業1号店を売却。繁盛ぶりを聞きつけて舞い込む出店依頼も断り、スタッフと共に今ある2店舗を地域に愛される店とすることに取り組んでいる。 「あなたの今が〝吉〟となりますように」
取材に訪れた富士店の駐車場の看板には顧客とスタッフに向けたメッセージとして、こう掲げられていた。
愛と真実その結果の利益
取材後、食事をしながらその味を楽しみ、それぞれのテーブルから聞こえてくる談笑を聞き、生き生きとしたスタッフの様子を見ることができた。今年で創業10年、吉村さんの商いにもう迷いは見られない。
「この店が輝いていくために、スタッフやお客さまとのコミュニケーションをたくさん取ることが大事だと思っています。何より彼らに自信をもって語れる正しい商売を続けていきます」と吉村さんは言う。
継続的な繁昌とは、関わる人への「愛」と、正しい商いという「真実」、そして結果として得られる「利益」という三位一体の姿にこそある―とは商業界創立者、倉本長治の提唱した商いの在り方。それを吉村さんは教えてくれた。
(笹井清範・『商業界』編集長)
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