事例6 本社機能の一部移転と 次世代のまちづくり
YKK株式会社(富山県黒部市)
北陸新幹線の開業は、観光だけでなく、地元の企業にも影響を及ぼしている。首都圏などから北陸に拠点を移す企業が現れはじめているのだ。その先駆けともいうべき企業が、ファスナーを扱う世界的メーカーのYKK(本社・東京)だ。すでに本社機能の一部を黒部に移転しはじめている。そればかりか、「パッシブタウン黒部モデル」という自然エネルギーを生かしたまちづくりも発表し、昨年の10月に第1期街区づくりに着手。順次建設を進め、賃貸住宅商業施設が8街区、コモンスペースが1街区のまちの完成を目指す。
YKKと富山の深いつながり
私たちの生活に欠かせないファスナーで世界に名を馳せているYKKは、アルミサッシなどを扱う建材生産の大手・YKK APをグループ会社に持っている。
YKKと富山の縁は深い。創業者の吉田 忠雄氏は富山県魚津市の出身。昭和20年、東京大空襲で東京の小松川工場を失ったとき、魚津市の工場に生産拠点を移して再出発を果たした。YKK本体は、昭和30年から黒部市に生産工場を設置。また、YKK APも34年から同市に開発と生産の拠点を置いている。
それ以来、地域活性化へのさまざまな取り組みを進めてきた。例えば、平成18年には、工場見学ツアーをスタート。20年からは事業所や丸屋根の展示館などの施設を「YKKセンターパーク」として一般公開し、地域の観光名所となっている。
確かに、新幹線開業による首都圏からの時間短縮も引き金になった。しかし、同社が本社機能の一部を黒部市に移すという決断をした裏には、こうした黒部市との長年にわたる密接なつながりがあるのは言うまでもない。
ただ、この決断の背景には、「リスク分散」の意味もあるという。東日本大震災では同社の東北事業所(宮城県大崎市)は甚大な被害に遭った。それと同時に東京も被災地となったため、本社が対策本部としての機能を十分に果たせず、黒部事業所が対策本部の役目を担ったのだ。
「すでに80人ほどの社員が黒部に異動しています。最終的には230人の社員が異動する予定です」と語ってくれた黒部広報グループ長の小林聖子さんも、首都圏からの異動組である。
「主に管理系ですが、準備ができている部署から順次、異動してくる予定です。APでは経理、人事、国際情報システムなどの部門も移り、生産と管理が一体となります」
自然を生かした「小エネ」タウン
東日本大震災は、日本中のエネルギーに対する考え方も変えた。黒部市全体の約50%の電力を消費していたYKKでも、工場の省エネ化に積極的に取り組んだ。しかし、そこにとどまらず、さらなる「エネルギーへの挑戦」を始めたのだ。
「APは窓の研究をはじめとして、建材を扱っている会社です。そこで、開口部を使って、できるだけ電気を使わない建物ができないか。太陽や風など自然のエネルギーを生かせないだろうか。そんな検討から生まれたのが、特別な機械装置を使わずに建物の構造や材料などの工夫によって熱や空気の流れを制御し、快適な室内環境をつくりだす〝パッシブデザイン〟という考え方だったのです。もともとは社宅があった地にパッシブデザインを用いた住宅が建つパッシブタウンを建設しています。『住みたいまち黒部』を実現するための一助になればと考えています」と小林さんは話す。
立山連峰からの伏流水、「あいの風」と呼ばれる夏の涼風、この地独特の屋敷林。黒部には豊かな自然と暮らしの工夫がある。それを生かした住宅づくりをしたいというのが、𠮷田忠裕会長の夢でもあった。
パッシブデザインの住宅はすでに日本でも手掛けられているが、これだけの規模で行われるのは、ここ黒部が初めてだという。「黒部の自然エネルギーを最大限に生かすための住まいになるはずです。ただ、住む人たちも、自然エネルギーを活用するように窓の開閉などの手間や工夫が必要となってきます。つまり、つくり手と居住者、双方でつくり上げるのがパッシブタウンです」。
「黒部モデル」と銘打っているのは、あくまでも黒部の自然に合ったものだから。ここを参考に、パッシブタウンが全国に広がっていくことを期待しているともいう。
「『開け閉めが楽しくなる窓をつくってくれ』と、会長はことあるごとに口にしています」と小林さんは笑う。完成後は、総住戸数が約250戸、総入居者数は約800人が予定されている。第1期街区の完成は、来年の2月、翌月より入居が開始される予定だが、タウン全体の完成は、10年後という壮大な計画である。
北アルプスの風が通り抜け、豊かな水と緑、そして降り注ぐ太陽。〝小〟エネルギーを実現した未来のまちの誕生が今から待ち遠しい。
会社データ
社名:YKK株式会社
所在地:東京都千代田区神田和泉町1(本社)
富山県黒部市吉田200(黒部事業所)
電話:03-3864-2000(本社)
0765-54-8000(黒部事業所)
代表者:吉田忠裕代表取締役会長CEO
従業員:4万708人(2014年3月31日現在)
※月刊石垣2015年2月号に掲載された記事です。
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