未曾有の被害をもたらした東日本大震災から6年がたった。各地の完全復興までの道のりはまだ遠いが、確実に歩みを進めている。人口減少、販路回復や新規開拓など山積する諸問題に対して、官・民、民・民さらに各地の商工会議所が連携して取り組んでいる。その中から今回は被災地・岩手県の現状と奮闘ぶりをリポートする。
復興の度合いは、地域や業種によって異なるが「オール岩手」で新たな魅力を発信したい
岩手県商工会議所連合会会長/盛岡商工会議所会頭 谷村 邦久氏(やむら・くにひさ)
東日本大震災の被災地域が広範囲にわたる三陸地方は、完全復興までは未だ道半ばで、人口流出、新たな販路開拓など課題も多い。そこで、岩手県商工会議所連合会の谷村邦久会長に今、三陸および岩手に必要な支援と再生から成長へ向けた戦略を聞いた。
被災企業の現状に即した経営支援が求められている
――震災から6年が経過しました。被災地の現状について、どのようにお考えですか。
谷村 被災地全体で見れば岩手県の三陸海岸沿いを南北に結ぶ復興道路(三陸沿岸道路)、三陸と内陸を東西に結ぶ復興支援道路(宮古盛岡横断道路、東北横断自動車道釜石秋田線)、津波の被災者向けの災害公営住宅などのインフラ整備は着実に進捗(しんちょく)し、いよいよ「復興まちづくり」の形成に向けて動き始めています。一方で6年が経過したことで復興需要の落ち込みや被災地に住む人の減少、企業であれば人手不足、失った販路の回復と新たな開拓、減少している交流人口の拡大など、さまざまな課題が残されています。
――被災地を個別に見ていくと、復興はまだら模様ということでしょうか。
谷村 復興が進んでいる地域の情報は入りやすく、遅れている地域の情報は届きにくい傾向があります。被災の程度に応じて、復興が進捗(しんちょく)している岩泉町以北と、遅れが見られる宮古市以南の沿岸市町村とでは、復興の度合いに差異がみられます。私たちは情報が入りやすい地域に目が向きがちですが、これからは市町村の現状に応じた支援を行わなければなりません。
――平成28年は、気象災害にも見舞われました。
谷村 8月には、台風10号によって久慈、岩泉、宮古、釜石で甚大な被害が発生し、二重の苦難に見舞われました。「なりわいの再生」(地域の産業と経済の再生)、「まちなかの再生」(被災地域の中心市街地の再生)を実現するためには、いまだ残る深刻な課題を乗り越えていかなければなりません。これからが本番、正念場です。
――岩手県商工会議所連合会として、被災企業や地域などに対して特に力を入れている支援(対策)について、お聞かせください。
谷村 岩手県では震災から半年後の平成23年10月、ほかの被災県に先駆けて盛岡商工会議所に「産業復興相談センター」を設置し、被災地商工会議所・商工会と連携して被災企業の二重ローン対策(債権買取)に取り組みました。センターの業務内容は当初は債権買い取りが主で、被災企業にとっては切実な問題であり、実際に非常に大きな効果がありました。産業復興機構による債権買い取り決定が110件、総額では簿価で約160億円という実績(28年12月30日時点)があります。また事業継続のために二重ローン対策という段階から、継続した事業を軌道に乗せるための新しい資金が必要になっています。このように時間がたつにつれて買い取り企業のフォローアップや買い戻し(エグジット)への対応、風評被害などの間接被害に苦しむ事業者への再生計画策定の支援と幅広くなってきております。
――「産業復興相談センター」ではどのように対応していますか。
谷村 センターの職員は、当初から多くの被災企業に足を運び、聞き取りを行っています。国や県に多くの支援策を用意していただいているのですが、経営者には自社で使えるかどうかを調べる余裕がありません。そのため職員のほうから「この支援策に該当しているのではないですか」と提案するなど、丁寧な対応を心掛けています。活動の中でくみ上げた企業の要望を国や県に伝える役割も果たしています。
これまで被災地の復興支援のため県内9商工会議所が連携を強化し、国会議員・関係省庁、岩手県に対し積極的な復興要望の活動を展開してきました。今後も被災地の復興状況に応じた適切な対策・支援が講じられるよう、きめ細かな経営支援を続けていくことが重要だと考えています。
――県内企業の復興は順調でしょうか。
谷村 業種や企業規模の違いによって復興度合いに格差がみられます。例えば、水産業者からは設備そのものは震災前に戻ったという声が届いていて、失われた販路の回復・拡販から新規開拓の段階に来ています。一方で復興が遅れている業種や企業も存在します。
水産加工業では 仙台商工会議所が中心となって実施している「伊達な商談会」が販路回復・商品開発の推進力になっています。今後は三陸ブランドの再構築が課題となります。
復興から成長へのカギは若い人材の確保と販路開拓
――中小企業は経営者の高齢化と後継者不足が悩みになっています。
谷村 盛岡と秋田商工会議所内には「事業引継ぎ支援センター」も併設していて、スムーズに承継できるような活動を始めています。後継者がいないことから震災をきっかけに事業をやめた経営者もいます。これでは東北の貴重な技術が途絶えてしまう。
「事業引継ぎ支援センター」や「産業復興相談センター」は中小企業の事業再生に向けた取り組みを支援する国の公的支援機関である「中小企業再生支援協議会」と連携し、情報を共有しながら企業を支援していく体制が整ってきました。後継者不足対策はスピード感を持ってやっています。
――「復興からさらなる成長へ」と進むために、岩手県商工会議所連合会が取り組んでいること、今後取り組まなければならないことについて、どうお考えですか。
谷村 まず雇用の確保です。県内の若者の就職先は県庁や市役所、銀行や電力会社、大企業の支社に目が向きがちです。しかし地元の中小企業には良い技術を持っている会社がたくさんあります。そういう会社にスポットを当てて地元の高校生に知ってもらいたいです。県外の大学に進学した学生が、卒業後にふるさとで就職できるような魅力のある会社をつくりたいと考えています。一方で会員企業には自分の会社を磨き、魅力的な就職先になってほしい。
岩手県は物を言わぬ県民性もあり、震災直後の最も苦しいときでも我慢強く耐えてきました。この我慢強さ、耐える力は、大きな飛躍のバネになるでしょう。しかし、その力を生かすためには、人材の確保と新しい販路が必要です。国内はもとより、海外の優れた人材をも受け入れられる施策や制度をつくっていかなければなりません。
――具体的にはどのような施策ですか。
谷村 東北では、奥州、一関、気仙沼にまたがる北上山地に「国際リニアコライダー」(ILC)計画があります。直線の超高速加速器を地中100m、長さ30〜50㎞にわたり建設して電子と陽電子の衝突実験を行い、宇宙創成の謎に迫ろうとする壮大な計画です。ILCは日本を変えるような大きなプロジェクトであり、およそ1万人の研究者と家族が国内外から集まります。そうなれば周辺の産業も盛んになり、県内の若者の就職先が増えて雇用面でも貢献するでしょう。東北6県にとっても、産業の集積やイノベーションの創出など多方面に大きな波及効果が生まれます。またILCは東北の国際化の進展、交流人口の拡大に果たす役割が極めて大きく、良好な港湾を有する三陸の活用を含めて、総力を挙げて実現を国に働きかけています。
スポーツ、文化、観光 岩手が持つ新たな魅力をPR
――岩手県は文化・スポーツも盛んですね。
谷村 震災後の県のひとつの姿が文化・スポーツ立県であると考えています。昨年は「希望郷いわて国体・いわて大会」が大成功のうちに終わり、私は改めてスポーツが果たす役割を認識しました。その活力を観光の振興、文化・スポーツの興隆に生かしていきたいです。平成31年には釜石市で開催される「ラグビーワールドカップ2019」が控えています。
文化については、「平泉」(平泉町)に続き二つ目の世界遺産に認定された「橋野鉄鉱山」(釜石市)を観光資源として活用していきたいと思います。
さらに、被災後の23年から東北6県を代表する祭りが一堂に会する「東北六魂祭」を震災の年に仙台市で開催。翌年以降、盛岡市、福島市、山形市、秋田市と続き、昨年の青森市で一巡しました。六魂祭で培われた東北の団結力はすばらしく、また全国から多くのお客さまに来ていただきました。今年からは後継イベントとして「東北絆まつり」(6月10・11日、仙台市)が始まります。多くの皆さまと築いてきた絆を大切にして、東北を国内外に発信したいと考えています。
そして、交通網の充実も話題となるでしょう。30年6月には県初のフェリー定期航路となる「宮古・室蘭フェリー定期航路」が開設されます。また、インバウンド獲得のために花巻-台北間の定期便就航を中華航空に要請し、台湾や韓国などに東北6県挙げてミッションを派遣しています。
――東北6県の各商工会議所との復興に対する連携、今後の目標などについてお聞かせください。
谷村 東北6県のみならず青森から千葉までの沿岸被災地の連携、そして全国515商工会議所とのネットワークが大きな支えとなっています。例えば日本商工会議所と東北6県商工会議所連合会との連携による「遊休機械無償マッチング支援プロジェクト」は被災企業にとって復興の大きな力となりました。引き続き各商工会議所のご協力をいただいて復興に努めていきます。
東京-盛岡間は東北新幹線で2時間10分という至近距離です。観光名所が数多くあり、高い技術を持った企業がたくさん存在しています。今後も岩手県の魅力、産業の力を強くPRしていきます。
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